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【9月定例会】「マンション大規模地震対策」セミナー

更新日:10月12日

首都直下地震や南海トラフ地震など、大規模地震の発生リスクが高まる中、マンションにお住まいの皆様が生活を続けるためには、発災時の初動対応・在宅避難・復旧対策が重要です。今回は、行政(江戸川区危機管理部)・災害復旧専門家(元福岡大学教授古賀一八先生)・マンション防災組織(なぎさニュータウン防災会・アリーナコースト防災委員会)が一堂に会し、第1部で江戸川区のマンション防災の進め方、第2部で具体的な災害対応の事例に基づいた在宅避難や復旧について、第3部で防災組織が取り組む防災対策について学びましたので、セミナー内容をこちらでレポートします。


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第1部:江戸川区におけるマンション防災の進め方

鈴木係長(江戸川区 危機管理部職員)

江戸川区の地域防犯防災課に所属しております鈴木でございます。区が発行しておりますパンフレット「みんなで取り組むマンション防災」の内容に基づき、区の現状とマンション防災における5つの重要ポイントを解説いたします。


1.1 江戸川区の地理的特徴と地震被害想定

まず、江戸川区の地理的特性とリスクをご理解いただきたく存じます。江戸川区は人口約70万人、面積約49.09 km²を有し、西に荒川、東に江戸川、南に東京湾と、三方を水に囲まれた立地でございます。特に、区の面積の約7割が、満潮時の海面よりも地盤が低い「0メートル地帯」であるという脆弱性を抱えております。

東京都の被害想定(令和4年5月発表)に基づき、都心南部直下地震(M7.3)における江戸川区内の震度分布は、震度7(9.6% )、震度6強(67.9%)で、震度6弱(22.6%)が予測されております。

人的・物的被害については、死者数582人(うち要配慮者が411人)、建物全壊約6,600棟、建物焼失約14,000棟が想定されております。

ライフラインの被害も甚大で、完全復旧には長期間を要します。例えば、ガスは53%が停止し復旧に6週間、上水道は55.9%が停止し復旧に17日間、電気が21%停止し復旧に4日間かかると推定しております。


1.2. マンション防災を効果的に進める5つのポイント

これらの被害想定を踏まえ、マンション防災を進めるための「5つのポイント」を説明します。


  1. マンション特有の被害を理解する

    マンションでは、高層階ほど揺れが増幅し(例:1階で震度5弱でも高層階では震度6弱になる可能性)、停電一つでエレベーター停止や給水ポンプ停止といった複合的な連鎖的被害に直結します。また、排水管が損傷すると、水があってもトイレが使えなくなり、復旧には専門的な修理と区分所有者間の合意形成が必要なため、戸建てより長期化する傾向がございます。

  2. 各世帯での防災対策を進める(自助)

    まず、住民一人ひとりの「自助」が基本です。揺れの大きい上層階では、家具の転倒防止対策は必須ですが、区民世論調査では実施率が56%に留まっており、対策の普及が課題です。発災直後のライフライン停止に備え、水、食料、携帯トイレを最低3日分、推奨1週間分を備蓄してください。日常使うものを買い足す「ローリングストック法」を推奨いたします。また、水害については、区外への「広域避難」を基本方針としております。

  3. 管理組合・自治会での防災対策を組織する(共助)

    個人の力には限界があるため、「共助」の体制構築が極めて重要です。発災時に迅速に行動できるよう、事前に「安否確認班」「救出班」などの役割分担を決め、災害対策本部を組織しておくことが望ましいです。居住者名簿を作成・更新し、安否確認や、医療関係者などの専門知識を持つ人材の把握に活用してください。

  4. 災害発生時の対応をシミュレーションする

    まずは自身の安全確保(自助)を最優先し、その後、定めた計画に基づき災害対策本部を設置し、被害状況把握、安否確認、救助活動を開始します。国や自治体からの支援物資は**「発災4日目以降」に「地域の避難所を通じて」配給されます。このため、マンションの災害対策本部は、避難所運営協議会と連携し、物資を受け取る体制を整える必要があります。

  5. マンションの復旧プロセスを学ぶ

    復旧工事には、「応急危険度判定」や「罹災証明書」の発行など公的な調査や手続きが必要になります。マンションの復旧は住民間の合意形成が不可欠であり、復旧方針や費用負担についていかに迅速に合意できるかが復旧スピードを左右します。熊本地震の事例からも、「平常時から住民間の連携がスムーズなマンションほど、復旧が早く進んだ」ことが示されております。



第2部 災害時、マンションに安全にとどまり続けられるために

古賀一八先生(元福岡大学教授 災害復旧専門家)


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私は、阪神・淡路大震災や熊本地震など、数々の被災地で復旧支援に携わってまいりました古賀でございます。私の提言は、現場経験に裏打ちされた、理論だけでは得られない「生きた防災知識」を参加者の皆様にお伝えすることを目的としています。


2.1. 「とどまれない」から「とどまれる」マンションへの転換

一般的な防災情報、例えばAIが示す初動対応はしばしば表層的で、それだけを読んでもどのように行動すれば良いか分かりません。安否確認は安否を確認することにとどまらず、本質的な目的は「助けが必要な人を見つけ出し、救助すること」であり、目的を見失った形式的な行動はいざという時に機能しません。


私は、ただマンションに居残る(とどまれない)ではなく、「安全にとどまり続けられる状態にすること」の重要性を強く訴えています。阪神・淡路大震災では、私が中心となり1週間で384棟の構造安全性を診断し、約10万人の住民を在宅避難へと導くことで、避難所の負担を劇的に軽減しました。「自立できるマンション」を増やすことが、社会全体のレジリエンス向上に繋がるのです。


2.2. 避難所生活の過酷な実態

”なぜ避難所に行くべきではないのか”その過酷な実態を皆様に知っていただきたいです。熊本地震では、災害関連死の原因の41%が避難生活による肉体的・精神的負担でした。避難所はプライバシーが欠如し、ウイルスが蔓延し、不衛生なトイレ、そして痴漢などの犯罪リスクも存在します。さらに、避難所は全住民の1割程度しか収容できません。

コミュニティ機能が維持されたマンションでの在宅避難は、心理的・物理的に遥かに優れています。被災者からは「みんなでキャンプをしているようだった」という声もあり、精神的な安定度が全く異なります。


2.3. 在宅避難を実現するための判断と復旧時の罠

安全に「とどまれる」ためには、正しい判断基準と知識が必要です。

  • 素人による構造安全性の一次判断:専門家はすぐには来られません。住民自身が、ひび割れの形状などから建物の損傷度を一時的に判断できるチェックリストを活用し、安全を確保することが不可欠です。

  • 復旧プロセスにおける詐欺の罠:大災害後には、必ず「待ってました」とばかりに悪徳業者が近づいてきます。評判の良い施工会社は、見積もり提示まで6ヶ月待ちが当たり前です。また、管理会社が住民の無知につけ込み、相場の何倍もの高額請求をするケースもあります。地震補修の専門知識がない業者に施工させると、数年後に雨漏りなどの不具合が再発します。

  • 応急危険度判定の誤解:行政が貼り出す赤紙・黄紙は、必ずしも建物の構造的危険性を示すものではありません。地盤の段差や倒れそうな隣の木など、建物と直接関係のない理由でも貼られることがあるため、冷静な判断が求められます。

2.4. 命を守るための実践的な初動対応

パニック時でも体が動くよう、具体的な行動を実践してください。

  • ドアの解放:地震でドアが開かなくなった場合、1.5m以上の長いバールをテコの原理で使い、こじ開けてください。それが無理なら廊下の面格子を外すか、バルコニー隔て板を破って脱出路を確保してください。

  • エキスパンションジョイントの危険性:建物間の継ぎ目にあるカバーは地震で必ず外れ、転落の危険があります。防災訓練でロープを張る練習をし、立ち入り禁止の措置を講じてください。

  • 排水管の点検地盤に段差が生じたら、排水管の破損を疑い、絶対に水を流さないでください。これを怠ると、汚水が1階住戸に溢れます。数億円の損害賠償問題に発展した深刻な事例が存在します。


2.5. 復旧に向けた具体的なステップ

復旧フェーズでは、金銭的課題が重くのしかかります。

  • 道連れ工事:共用部の壁を修繕するために専有部(個人の住戸内)の壁紙を剥がす必要がある場合、その専有部の補修費用も「道連れ工事」として共用部の費用(修繕積立金など)から支出すべきです。これにより、個人の負担なくスムーズな復旧が進みます。

  • より良く復旧する(Build Back Better):単に元に戻すだけでなく、被災を機に、よりグレードアップした修繕を行うことを推奨します。例えば、手すりをデザイン性の高いガラス手すりに変更したマンションでは、住民の満足度が非常に高まりました。


第3部 事例紹介:マンション防災の実践から生まれる「共助」の工夫

行政の指針、専門家の理論を、実際のマンションでいかに活かしているか、区内の2つの先進事例をご紹介いたします。


3.1. 事例1 なぎさニュータウンの取り組み(鈴木会長)


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私はなぎさニュータウン防災会の鈴木です、防災会の会長を務めております。当マンションは築48年1,324世帯の大規模マンションで、高齢化率は41%と区平均を大きく上回っています。

私たちは、「JKB89」(自治会、管理組合、防災会が一体となり全89フロアを守る)という強固な連携体制を構築し、特にフロアごとの「横の繋がり」を最も重視しております。管理組合と自治会が懇親会費用として1世帯あたり1,000円を補助し、その関係性を育んでいます。


安否確認には、各戸が玄関ドアに「無事ですシート」を掲示し、フロア単位で状況を取りまとめてトランシーバーで対策本部に報告する仕組みを採用しております。この仕組みにより、訓練では30分以内に全戸の状況把握が可能です。


また、私たちは災害関連死を防ぐための独自のキーワード「TKB」(Toilet/トイレ、Kitchen/キッチン、Bed/ベッド)を提唱しております。T(トイレ)では簡易トイレの作り方を周知し、K(キッチン)ではポリ袋を使った調理法(ポリ袋クッキング)の料理教室を開催することで、温かい食事の重要性を伝えております。

防災活動を単なる「訓練」ではなく、「料理教室」や「防災グッズ紹介会」としてイベント化することで、住民が「自分ごと」として楽しみながら参加できる工夫を凝らしております。


3.2. 事例2:アリーナコーストの取り組み(縄防災委員長)


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アリーナコースト防災委員長の縄でございます。私たちは、「防災委員がいなくても、そこに居合わせた住民だけで初動対応ができるだろうか?」という課題意識を持ちました。

この課題を解決するため、古賀先生に監修いただいた、具体的な行動指示が書かれたカード”マンション地震対応箱MEAS”の「アクションカード」の導入を決定いたしました。

導入プロセスとして、既存マニュアルをフローチャート化し、試作カードで役員訓練を実施。そのフィードバックを反映した正式なカードを、誰でもアクセスできるエントランスのAEDボックス下に「地震対応箱」として設置いたしました。

訓練では、参加者がカードの指示(例:「3人集まったら行動開始」→「防災ボックスの鍵を取り出す」→「対策本部を設置する」)に1枚ずつ従って行動し、具体的な行動がナビゲートされることを確認いたしました。

この導入により、役員からは「何をすれば良いか分からず不安だったが、これならできそうだ」という声が上がり、漠然とした不安が具体的な自信へと変わる効果がありました。今後は、この仕組みの存在と使い方を全居住者に周知していくことが最大の課題であると考えております。


最後に会場からの質疑など

古賀先生から、アリーナコーストの取り組みに対し、「専門知識が全くない人でも、カードに従うだけでスムーズに行動できる仕組みは非常に素晴らしい」と高い評価をいただきました。

会場から「アリーナコーストのフロア担当制度」について質問が上がりました。縄委員長から、各フロア1名ずつによる3ヶ月ごとの輪番制でお願いしており、「やりたくない」という理由で断る方はおらず、ほぼ全住民が協力的に参加してくれているとの回答がありました。

また、今回のアクションカードの仕組みの核心は、住民一人ひとりが防災の専門家になる必要はないという点にあります。住民が覚えるべきことは、「災害が起きたらロビーの箱の存在を思い出し、それを開け、カードの指示に従う」という、たったそれだけです。このシンプルさが、実践可能性を大きく高めていると思います。


本セミナーは、行政の指針を基盤とし、専門家の知見を武器に、先進事例を参考に、各マンションが「自助」と「共助」の力を最大限に高めていくことの重要性を一貫して示しました。本講演録が、各マンションにおける今後の防災活動推進の一助となることを期待いたします。

 
 
 

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江戸川区南葛西7丁目1−21

担当:奥田

E-mail: info.manshonkyogikai@gmail.com

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